シェトミタカ通信

シェトミタカ通信

◆シェトミタカの日々の出来事◆バースデーケーキは数日前までの完全予約制です◆
大分県別府市竹の内2組
open 10:00〜18:00 日曜17時閉店◆月火曜定休日(不定休日有り)


☎︎0977-25-9910


patisserie opened in beppu in 1997


私の修業時代 第35話 後の祭り


ここまでのあらすじ

1987年昭和62年に高校を卒業した私は、横浜の調理師学校へ入学し、スペイン料理店でアルバイトをしながら少しずつ新生活になれて来た頃には就職活動。不採用になったりいろいろ経験し無事に就職先も決定したのでした。
サテライトホテルヨコハマの菓子部門に入社し、時に悩みながら少しずつ成長?して行くのでした。



※私の修業時代は9年前に別ブログで投稿した記事を若干手直し修正しこちらに記録掲載させていただきます。登場人物の氏名は全て仮名です




練習のため一晩中、カラクケーキを焼き続け、焼き終わったケーキを並べながら洗い物や片付けをし、そろそろ終わろうかなと。

すると、
レストランの早番の朝食係が出勤して来た事で、、ハッとしまた、もうすぐ朝か!


取りあえず着替えやシャワーを浴びたくなりアパートに帰りました。。

シャワーを浴び服を着替え朝食代わりの缶コーヒーとトーストを食べてひと休み。暫くしてまたサテライトホテルに自転車で出勤しました。


ちょっとデスクで仮眠はしましたが、ほぼ徹夜明けのふわふわとした感覚でベーカーへ出勤すると、、


私が焼いたカラクケーキのばんじゅう(ケーキを入れる黄色いプラスチックケース)を見て、もう出勤して来ている伊南さんが、


『(大量)注文が入ってたかな?』と聞いてきました。


朝出しのケーキを作りながら、昨夜練習の為カラクを焼いたのを説明しました。


『え〜!全部焼いたの? ちょっと教えてもらいたかったな…。』と伊南さん。彼女は私と違って仕込みや焼き物は重たかったり火傷の恐れもあるので今だにケーキの仕上げ作業がメイン。なので仕込みやオーブンの仕事もチャレンジしたいようです。


草刈さんも出勤してケーキの朝出しに合流。浜田さんにベーカーからレストランに戻る辞令がでてから、私と草刈さんが慣れるため、意識的にペアを組む時間を作りはじめました。


『冨高君、こんなに焼いて何に使う…。』

『エッ、そっか!』草刈さんに言われ事の重大さに気づきました(汗)焼く事だけに一生懸命になり焼き上がったカラクの事を考えてもみませんでした!

もう後の祭りです!



1回で10台焼けるレシピを、、


10回以上繰り返し焼いたので100台以上は焼いてしまったんですよね…。


『冨高ーーー!!!』

100台を超えるカラクの前で、伊南さんから永江チーフと浜田さんが話を聞いて、浜田さんから大きな声で呼ばれました。



これは、もしかして入社式の失態以来の失態!?


ベーカー五人でカラクケーキのばんじゅうを見ながら今後の作戦を練りました。


『商品としては全部使えそうや。馬鹿かお前こんな焼いて…』と浜田さんから呆れられ品質をチェック。


『1日売れても10個程度のカラク。カットケーキにしたら1台から10個取れるから、、1,000個以上はあるね。』と伊南さん。


『展覧会の注文をカラクばかりにしょうか。』と草刈さん。週に1、2回山手の展覧会と言う喫茶店にケーキを卸していました。展覧会も全部チョコレートケーキはダメでしょうね。


『売店でカラクのホールケーキを半額で売って、クリスマスみたいにホテル従業員からも予約を取って買ってもらおうか…。』と永江チーフ。


『冨高!俺と宮脇で1台ずつ買ってやるから〜!
お前またやらかしたの、、』と田盛がレストランから面白そうな話しを嗅ぎつけやって来ました。


え?!皆んな冗談で言ってる!?

大変な事をやらかしたのか、、言葉が出ない私。


『1日1台分、カットケーキ10個売れば10日で売り切れるんじゃないですか?そんな簡単なものじゃ無いんですか…』怖る怖る聞いてみました。


そんな事を話してると、

『永江クーン、永江ーー!』ベーカーの厨房の横はガラス張りのシェフルーム。中から清水総料理長が呼んでいます!


遂にカラクケーキの件が総料理長に知れたのかも、、





2024/04/30

4月最終日

今月は新年度に新学期、
新入社員に新入学、

新しい事がはじまり
慌ただしい4月をお過ごしの方も
多かったのではないでしょうか。


皆様お疲れ様でした!

またご利用下さりありがとうございました。


今月のご予約商品の一部を掲載いたします


こちらは

生クリームデコレーション


生デコレーション5号



生クリームデコレーションですが、

イチゴを多めだったり、

生クリームを少なめだったり、

ご要望に対応した商品です


こちらは

チョコレートデコレーション


チョコデコレーション5号




オンラインでの

ご予約商品サンマルク


saint marc


ご利用ありがとうございました


こちらは

チョコレートデコレーションの

イラストケーキ

イラストケーキ









こちらは

生クリームデコでイラストケーキ






新年度やご進物など

焼き菓子のご予約ご利用

ありがとうございました



メレンゲシャンテのご注文も

沢山いただきました


誠に有難うございます




メレンゲシャンテ4号サイズ


こちらは
別府名人戦のスペシャルなメレンゲシャンテ



将棋別府名人戦提供スイーツ


5月中旬頃から数量限定で販売予定




カットケーキのご予約なども
ありがとうございました


オンラインで人気のたぬきケーキ



タルトやバスクチーズも



マカロンやプリン、ロールケーキや濃厚チーズ系、

掲載以外のいろんなご予約オーダーも

ありがとうございます


2024年4月のご利用ありがとうございました




本日は昼前からポタリングへ

降ったり止んだりの天気で

4月は毎週不安定な天気の定休日でした


大分県は2000年になって2番目に雨が多かった4月だったようです。




高校生弁当は

定休日の今日もパン🥐




あっという間に終わった4月でした




来月5月も毎週月火曜定休日ですので

どうぞよろしくお願いいたします




   

私の修業時代 第34話 ワタシの情熱!?


あらすじ

1987年昭和62年に高校を卒業した私は、横浜の調理師学校へ入学し、スペイン料理店でアルバイトをしながら少しずつ新生活になれて来た頃には就職活動。不採用になったりいろいろ経験し無事に就職先も決定したのでした。
サテライトホテルヨコハマの菓子部門に入社し、時に悩みながら少しずつ成長して行くのでした。



※私の修業時代は9年前に別ブログで投稿した記事を若干手直し修正しこちらに記録掲載させていただきます。登場人物の氏名は全て仮名です



ケーキ屋さんやペストリー、ベーカー部門では、朝一番で作るケーキを、朝出しと表現していました。


朝出しのミルフィーユを作り終わり、カラクの朝出しケーキを作っている浜田さんに合流しました。

『昨日はどうでしたか?』と尋ねてみました。

『昨日は帰ったら12時過ぎとった。今度付き合ったお礼に牛丼奢ったるわ。毎回歩いてるよ、伊勢山はお手伝いやからなぁ、交通費使ったら赤字やから歩くんや〜!』さすが関西人たくましい浜田さん。


『今日カラク焼いていいですか?』さっき言われた事を忘れない内に焼きたかったので聞いてみました。


『今日は焼かんでぇ。まだ在庫有るしなぁ…。
チーフに聞いてみるか。』浜田さんが永江チーフに今日の予定を聞きに行ってくれました。


『冨高イイよ!仕事が終わったら練習で焼いていいよ〜』と永江チーフが半分冗談で、練習をしてくれる新入社員が嬉しいのか、ちょっとおどけて言いました。


永江ベーカーチーフは、
『ちょっと試したいことや練習したかったら幾らでも材料と厨房を使って良いいよ。』と常々言っていました。
あの頃は材料はバターなど高価な物はあまり使えませんでしたが、技術の向上や上達の為なら惜まない、職人や料理人を育てる風潮がサテライトホテルにはありました。


1日の予定が終了し、終礼も終り、伊南さんはいつも通り小一時間ほどパイピングの練習をして『冨高君まだ上がらない?お先に…』と上がっていきました。『俺のタイムカードも押しといて!』とお願いし、遂にベーカーには私一人。


オーブンのスイッチを入れ、器具を全部揃え、早速カラクのレシピを計り作業を始めました。



20コートのミキサーに材料を入れ、バターをビーターで混ぜながら白っぽくなる迄立てていき、砂糖や卵、チョコレートを順に入れていきます……。


…出来上がった生地を型に絞り入れ、オーブンに入れ40分。。
生地を焼成してる間に三階にある従業員食堂で夕食を食べる事に。

従業員食堂にはレストランのコックさん達がテレビを観ながら食事をしていました。相川さん、兼田さんと一緒に新入社員の田盛もいます。『冨高、珍しいなぁ〜』と田盛が小さな声で囁いてきました。

『ああ、たまにはね…。』いつも夕方には退社してるベーカー部門の私がいるので、ビックリしたんでしょう。先輩達は私に興味が無さそうです。



『また連絡するよ!田中さんトコ行こうぜ、、夏休み。』と田盛。
田中さんは調理学校の同期ですが、ご家庭もある40代の男性で、脱サラして伊豆にペンションを開業する為に調理学校に入学したのでした。


『じゃあ。』
お互い言葉少なに田盛は先輩達の食べた食器を急いで片付け厨房へ降りて行きました。

『じゃあな。』と私も返し、、


田盛も今、先輩たちに揉まれ、料理人の世界に漕ぎ出してるんですよね、

ちょっと前のブログで、

パワハラなど無いのびのびとした職場と書きましたが、あれはベーカー部門に、私に限ってなのかも知れません。レストランのコックさん達は、競い合いしのぎを削ってってるのかも…。


食事を手早く終わらせ、急いでベーカーに戻りオーブンを確認してみました。

うーん、バターを常温に戻すのが遅かったのか、ちょっと固かったのか膨らみが今ひとつのカラクが焼きあがりました。


私は2回目のカラクの計量をはじめました。


田盛も先輩達から揉まれてるし、浜田さんも伊勢山で無報酬で働いて歩いて行ってるし、、そう思うと、

オマエもなにかに打ち込めよ!本気でやれよ!

…そんなやる気か、情熱が沸き上がったのかも知れません。


2回目のカラクは、、なかなか良い出来でした。この焼き上がりがもう一度焼けるか、、3回目を焼きはじめました。

でも、スピードを求めるのでは無く、丁寧に確実に、ゆっくりと作業を確認しながらじっくりと進めていきます。


この頃にはレストランの遅番の田盛達も帰りました。

『おーい、まだやるのか?そろそろ終わりにしろよ〜』遠くのレストランの厨房から声が聞こえました。


『はーーーーい、お疲れ様です!』と返し作業を続けました。


3回目はちょっと合わせすぎたのかも知れません。生地がちょっと割れてしまいました。。


『数をこなせばうまくなるよ。』と、永江チーフは言っていたし、いくら使ってもいいと言ってたなぁ。。


4回目、5回目と計量をし、、、


6回目、7回目と焼き、、、、


もうこの辺からは何回目かもカウントせず、、

なにかに取り憑かれたように仕込んで焼成を繰り返していたんだと思います。


その日は一晩中、


レストランの朝食係が出勤するまでカラクを焼き続けてしまい、、



翌日大問題になってしまったんです!